エズラ・ミラーのプレイボーイバニーに想う自分自身であることの価値

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「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」でクリーデンス役を演じているエズラ・ミラー。

プレイボーイ誌の特集写真がセクシーすぎて驚きました!

見た目だけでなく「在り方」がとても興味深く、自分自身であることの絶対的価値を改めて教わった気がします。

実際のエズラ・ミラーってどんな人なんだろう?と調べてみると

自分自身を押し殺し養母に虐げられてきたファンタビのクリーデンスとは見た目も中身も正反対の人物でした。

プレイボーイの特集はこちら

彼自身がクィアである、ということは以前にも何かでちらっと見た記憶がありました。

※クィア(Queer)。セクシャルマイノリティを表す「LGBT」に新しく最近加わった「LGBTQ」の「Q」のこと。使う人によって意味が変わるが、現代においては、「異性愛者」や「心と体の性が一致している人」以外の人のことを意味することが多い。

それにしても今回のビジュアルはかなり強烈なインパクトです。

↓こちらからどうぞ。日本語版ダイジェスト風の記事です。

みんなが待ち望んでいたプレイボーイバニー、エズラ・ミラー

↓英語サイトを直接ご覧いただくならこのリンクから。ビジュアルが充実。

The Magic of Ezra Miller

私には強烈すぎるビジュアルも多くて戸惑ったんですが、特集の衣装はすべてエズラ自身の要望によるセレクトだそうです。

私にとって一番印象的だったのが動画でした。この視線が…

視線がなまめかしく絡みついてくる感じで、何というか「絶対楽しんでるよね~、この状況を」と思ったんです。

プレイボーイバニーを象徴するアイテム「うさ耳」「網タイツ」を身に着けてポーズをとる自分がセクシーであること

カメラの向こうにいる読者が自分を見る戸惑いや興味本位の視線

そういうこと全部楽しんでるうに見えるし

写真を見る人にも楽しんでもらえると思ってるし

自分には人を楽しませることができる、それだけの価値がある、って確信してる人の視線だよな~と思ったんです。

インタビューから知る、エズラ・ミラーの「在り方」

インタビューの中では、私にとって新しい価値観「ポリアモリー」的恋愛観があるとも書かれています。

ポリアモリーという言葉はギリシア語の「複数」(poly)とラテン語の「愛」(amor)に由来し、アメリカで造られた造語なんですね。

複数の人と「きちんとした」恋愛関係を築くことで、例えば自分の恋人が複数いたら、別の恋人とのことも普通に話題にするような関係を築くことのようです。

日本にもそういう人たちのコミュニティがあるそうで。

こんな恋愛観があったんだ~!と初めて知る考え方に驚いたわたし。

↓こちらのページに詳しく書いてあります。

複数人と同時に性愛関係を築く「ポリアモリー」とは? 浮気や不倫と異なる3つの理由

エズラはこういう考え方や自分のセックス・ライフについてかなり率直に語っていますね。

もし自分が彼のように“複数の人と恋愛関係をきちんと継続したい”と思ったとしても

常識にとらわれて、あるいは自分の生きやすさを優先してモノガミー(一夫一婦制)で生きることを選ぶ気がします。

自分自身であることよりも、世間的に普通であることを優先する、ってことです。

その方が楽で、問題が起きないから。そういう人の方が多いんじゃないかと思います。

自分自身であることの価値

子どもの進学でさえも、世の中の「普通」に縛られる

最近世の中の「普通」について、考えさせられる出来事がありました。

うちの長女が、とある離島の高校に進学したいと言い始めたんです。

私も長女と一緒にその学校の先生方の話を聞いて非常に興味をそそられました。

調べてみて、とても面白そうな活動をしている学校だったので見学に行きました

娘は学校を気に入り、来年のことですが受験しようかという話をしています。

それを自分の両親や親戚、友人たちに話したところ

「そんな離れた不便な場所に一人で行かせるの?」とか「高校生から寮生活?うちはできない。」とか否定的な反応が8割。

「いいねー!そりゃ行くしかないね!」と言ってくれた人は2割くらいでした。

普通でないことへの反応ってこういう感じなんだな~とちょっと驚きました。

特に私の両親の驚きと拒否反応はすさまじく、母は「信じられない。信じられない。」を連発。

別に母に信じてもらわなくても全然問題ないんですが。

父は「よくよくよーく考えろ」と娘に宛てた手紙をくれました。

まあいくら考えても10年先のことはわからないので問題ないんですが。

我が家では全く問題なくすんなり通った話が、ちょっと普通と違うだけでこんなに問題に?なるのかーと思って驚いたんです。

ポリアモリー&クィアであるエズラ・ミラーの場合

ということは。エズラ・ミラーの場合で考えると、

クィアであることを公言して生きる

プレイボーイでああいう衣装をまとってポーズをとる

ポリアモリーとして生きる

そういうことには、みんなと違う高校に行くことよりもずっと大きな葛藤がうまれかもしれないわけで

たとえスポットライトを浴びる人生であってもそれは同じじゃないかなぁと、思いました。

それでもそうやって生きている自分が好きだから、彼はそうしているんでしょう。

そうやって自分自身であることの喜びを尊ぶ在り方が、私にはとても魅力的です。

彼が彼自身であることに価値があり、他の誰でもないからこそ惹きつけられるんです。

だから、どんな小さなことからでもいい、自分自身でいることを楽しむこと。

そしてそのことが誰かの幸せにつながったら、「自分が役に立てた!」っていう喜びがあると思うんですよね~

それこそが「自分自身であることの価値」だとおもいます。

私は、娘が真剣に望んでそのための努力を惜しまないのなら、あの高校に行かせてやりたいです。

まとめ

今日はエズラ・ミラーのプレイボーイバニーからの連想自分自身であることの価値に行きつきました(笑)

誰もが「自分が在りたい自分」という自分の理想像を心の中に持っているはずです。

理想通りに生きられないから、と理想を見つめることをやめてしまわずに

いつも「自分が在りたい自分」を見つめてそこに向かって進みたいです。

今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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