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みなさんは、写真を撮られるのが好きですか?
私は、実はとぉーーーっても苦手です。
最近になって、もしかして・・・これが私が写真嫌いな理由なのかも!?という理由に気づいたんですが
それがどうもお金に関するビリーフ(思い込み)と子ども時代の悲しい思い出に結びついてるようなんですね。
だから夫と出会ってデートするようになって一番驚いたことは、しょっちゅう写真を撮ることでした。
写真を撮るのは、何のため?
彼はいつもデジカメを持ち歩いていて、どこか違う場所に移動するたびに私を撮ったり、二人で記念写真に収まろうとするのです。
私は写真を撮られるのが嫌いです。
それを伝えても「まあ、いいじゃん。もうここに来ないかもしれないし。記念だよ。」と押し切られます。
なので結局私が主人を写してばかりいることになりました。
結婚してからもそれは続き、写真の現像や(当時はまだデジタルじゃなかった💦)整理が自分の担当のようになってしまうと、本当に苦痛でした。
何でそんなに写真撮りたいんだろう?わたしは後から見返したりしないし、こんなに面倒なのに~
と思うのですが、主人は時折写真を見ているようなのです。
自分の手元にあるアルバムで広げて楽しいのは、自分の小さい頃と幼稚園のアルバム、子供たちのアルバムだけ。
見返したいと思う写真は、浴衣を着せてもらって庭で撮影した写真と、小学生の時市内のスポーツ大会で優勝し、メダルを下げている写真。
他は写真に写っている自分を、見たくないのです。
ある時わたしは、1枚の記念写真を思い出して、涙が止まらなくなってしまいました。
笠井 裕予 北端 康良 「お金に強い女になる」を読んでみた でお金のビリーフについて考え、両親のお金に対する考え方を思い出した時のことです。
初めての発表会
私は初めての発表会が嬉しくて、とても楽しみにしていたんです。
私は小学校に入学してから、エレクトーンを習いはじめました。
本当はピアノをやりたかったのです。
でも父は音楽が好きではなく、家で楽器の音がするなんてとんでもない!という人。
だからヘッドセットをつけて練習できるエレクトーンならば、ということになりました。
エレクトーンをそれなりに楽しんで練習し、習い始めて2年ほど経ってから発表会に参加することになりました。
お前にはこの前新しい服の上下を買ってあげたばかりだからそれを着ていけばいいと言われ、そんなものかと思って当日楽屋裏に集合した時、愕然としました。
みんなワンピースやドレスでおめかししていたからです。
発表会って、ドレスを着るものなんだ
発表会って、ドレスを着るものだったんだ…
私は自分の服装が恥ずかしくて、発表会に出るのが嫌になってしまいました。
私が着ていたのは、ブルーと白のスタジャンにジーンズだったからです。
楽屋に集合したら、あとは順番を待って演奏するだけ。もう後戻りできません。
がんばって演奏はしました。
でも、演奏後の記念撮影が嫌でたまりませんでした。
その時の写真はアルバムに入っていますが、見るたびに悲しい気持ちがチクッと胸を刺す感じがします。
私の心は傷つきました。
自分は「発表会でおしゃれさせてもらえない子供」なんだと思いました。
自分の家には広い庭があって、両親は2人とも教師で収入があるのに、どうして発表会のワンピースがないのか。
親は私のためにお金を使いたくないのだ、自分は愛されていないんだという想いが勝手に心の中に刻まれてしまったのです。
今冷静になって考えると「ドレス着る?」って聞かれてもドレスなんて見たこともなかったし
いらなーいとかあまり深く考えずに自ら着ないことを選択したのかもしれないですよね。
小学校低学年でしたから。。
だから真実がどうだったのかわからないんですが、自分の中にそういう思い込みができちゃったんです。
カメラを向けられても笑えない子供
記念写真に嫌なイメージが定着してしまったわたし。
ふだん両親がほとんど写真を撮らなかったこともあり、撮られること自体に馴れていませんでした。
写真に写った自分の顔にも違和感がありました。
笑おうとしてもにっこり笑えず、ちょっとひきつった顔をしているように見えるんです。
そう思うとさらに、写真に写るのが嫌になります。
小学校高学年になると、髪型も流行りのカットが気になったりするものですが、両親はそれも嫌いました。
前髪が長すぎるというんですね。
美容室でカットしてもらい、いい気分で帰ってきたのに、それでは長すぎると無理やり前髪を切られたり、切らされたりしたこともありました。
ある時は本当にサザエさんにでてくるワカメちゃんカットそのものになってしまい、一晩泣き明かして学校に行きました。
さすがに母親も反省したのか、2度目はありませんでしたけど。
だからいつも自分の髪型が嫌いでした。
大嫌いな髪型の自分を写真に撮られたくありませんでした。
親が認めないものは全部ダメ!
髪型だけでなく、親が価値を認めないものは許してもらえませんでした。
スナック菓子や甘いお菓子、炭酸やジュースもぜーんぶだめ。
漫画、映画はテレビで見ろ。
お小遣いで駄菓子を買ってはいけない。
人気のテレビ番組はくだらないから見るな。
などなど、自分のやりたいことをことごとく禁止されている毎日でした。
生きてるのって楽しくないな、早く人生が終わればいいのに、とばかり考えていました。
お手伝いも嫌でたまりませんでした。
夏の週末には草むしり、冬は雪かたし。
毎朝洗濯物を干し、ゴミの日にはゴミ出し。
と一応やっていましたが、両親への感謝の気持ちがないため嫌々やることになります。
親は、子供は手伝って当然と思っているのでねぎらいの言葉もありません。
手伝っているはずなのに怒られてばかりで本当に悪循環でした。
そういう毎日でふとカメラを向けられることがあると、怒りの気持ちがわいてきました。
自分は全然楽しくないのに、なんで今カメラを向けられなくてはいけないのか。
幸せじゃないわたしを、切り取らないで!!
と、当時の私は言葉にできなかったけれど、心の中で叫んでいたと思います。
だから、写真を撮られるのが嫌いになってしまったんですね。
幸せな瞬間を少しずつ増やしていけば、写真が好きになれるのかも
見返したい写真が限られているのは、自分が本当に幸せを感じた瞬間だけを写真に求めているからだと思います。
自分の小さい頃と幼稚園のアルバムを見返して楽しいのは、物心つく前のわたしが無心の笑顔を見せているから。
子供たちのアルバムは、私への笑顔にあふれているから。
浴衣を着せてもらって庭で撮影した時は、初めてのゆかたが嬉しかったから。
小学生の時市内のスポーツ大会で優勝した時は、本当に
嬉しかったから。
写真を撮られるのが好きになるにはどうしたらいいんでしょうか?
考えてみたんですけど
…
最初はほんの少しでもいいから
自分が心から幸せを感じる瞬間を作って
そういう瞬間を少しずつ増やしていく
…
それしかないんじゃないかと。
毎日がそういう瞬間のつながりになれば
いつ写真を撮られてもいいわけですから(^^)
それって、最高の人生ですね!
私の家族との思い出、親子のすれ違いの記録(笑)はこちらから⇒うちの中2娘含め吹奏楽部の部活が辛い辞めたい人に伝えたいこと
今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。